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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)553号 判決 1960年3月31日

控訴人 国

被控訴人 エム・シー・シー食品株式会社

主文

原判決を取消す。

控訴人被控訴人間の神戸地方裁判所昭和三二年(ヨ)第二六六号事件につき同年六月一三日同裁判所がなした仮差押決定はこれを認可する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述証拠の提出援用認否は左記に補充訂正するほか原判決事実摘示と同一(原判決に証人大島力太郎とあるのを大島久太郎と訂正の上)であるからここにこれを引用する。

控訴人は、

「一、控訴人において、兵庫罐詰が被控訴人に譲渡したと主張する前払金債権(原判決末尾添付別紙(二)B欄記載分)とは、被控訴人主張の、兵庫罐詰が申請外福美リンゴ加工場経営者福士明に対して有する四〇六万円相当のリンゴボイル製品の引渡請求権のことである。従つて、右別紙(二)B欄も「引渡請求権」と訂正する。

二、本件譲渡に際し被控訴人は別紙(二)及び(三)AB欄記載の各物件の帳簿価格を譲渡価格とし、右相当額の兵庫罐詰の債務の履行を引受けてはいるが、右引受金額は本件譲渡の対価として(これによつて兵庫罐詰が免責を得たものでないことは前述のとおり)は不当に低廉である。けだし、本件譲渡は個々の資産の譲渡に止まらず、これらと共に、その営業全部を譲渡しているのであるから、この場合被控訴人は、右譲渡価格では、右個々の物件と同時に譲受けたと認められる営業権、建物機械器具の使用権並びに取引先及び従業員の承継によつて受ける利益を無償で取得することになるからである。」と述べ、

被控訴人は、

「本件譲渡の対象となつた製品及び原材料はその後被控訴人において他へ処分し又は費消し、売掛金債権及び前記引渡請求権は被控訴人において弁済を受け終つて消滅に帰していることは認める。」と述べた。

理由

一、控訴人が申請外兵庫罐詰工業株式会社(以下兵庫罐詰と称する)に対し、

(1)  昭和二九年二月二七日現在で納期限到来済の源泉所得税、法人再評価税砂糖消費税及びこれらに対する利子税、延滞加算税として原判決末尾添付別紙(以下単に別紙という)(一)記載のとおり合計金一、三〇一、六三九円の租税債権

(2)  控訴人が食料配給公団から譲り受けた罐詰払下代金合計金九、二六四、四六三円の債権

を有すること、

二、兵庫罐詰が被控訴人に対し、

(1)  昭和二九年二月五日別紙(二)A欄記載のとおり製品及び原材料の全部、この帳簿価格金六、九四二、〇三五円相当を右価格(銭位切捨)で、

(2)  同月二七日別紙(二)B欄記載のとおり売掛金及び引渡請求権の全部、この帳簿価格金五、一五七、四七〇円六三銭相当を右価格で、

(3)  別紙(三)記載のとおり工具器具備品長期投資金現金、預金債権を、

各譲渡したこと、

はいずれも当事者間に争がない。

三、よつて右二、(1) (2) 記載の資産譲渡が前示租税債権との関係では国税徴収法第一五条により、罐詰払下代金との関係では民法第四二四条により詐害行為であるか否かにつき考える。

成立に争のない甲第三ないし第九号証第一一号証の一、二乙第一、第一〇号証、証人大島久太郎の証言により真正に成立したと認められる乙第一一号証証人深田正、岡田貞男、大島久太郎の証言及び被控訴人代表者水垣敏正の本人訊問の結果を綜合すると、

(1)  兵庫罐詰(旧商号兵庫県合同罐詰株式会社)は昭和一七年四月一四日本店を神戸市長田区苅藻通五丁目一五番地において設立された罐壜詰の製造販売等を目的とする会社であるが戦後食料品配給公団から払下を受けた罐詰が思うように売り捌けなかつたことも一因で経営状態が悪化し昭和二八年八月三一日の決算期には前期繰越欠損金三五、八二四、四七九円五三銭、当期欠損金六、七〇二、二三八円三三銭を生じ、本件資産譲渡当時には、前示控訴人に対する租税債権及び罐詰払下代金を全く支払い得ない状態にあり、主務官庁の係員に対しこれが支払の延期や分納を申出でたりして一時を糊塗していたこと、

(2)  そこで理事者等は兵庫罐詰の再建を断念し第二会社を設立しようと考え、こゝに昭和二九年一月二九日被控訴人会社(旧商号エム、シシ食品株式会社)を設立したが両会社は会社の目的、本店所在地及び代表取締役が同一であり、(代表取締役が同一であることは当事者間に争がない。)その他の重役も両会社を兼任する者が二、三名おつたのみならず、従業員や取引先も大体従前と変りがなかつたこと、

(3)  後述被控訴人の引受にかゝる債務の債権者はいずれも新たに発足した被控訴人にとつて経営上取引の継続を不可缺とする取引先ばかりであり、逆に被控訴人が引受をしなかつた債務は本件控訴人の債権及び被控訴人の今後の営業上取引の継続を必要としない取引先に対する債務ばかりであること、

(4)  本件資産譲渡の結果兵庫罐詰に残された従前からの財産として見るべきものは、工場用の建物及び機械装置(別紙(三)C記載)だけであり、且つこれらの物件には当時融資先に対する右物件の評価額を上廻る債務のため国税に優先する抵当権が設定されていたこと、右建物及び機械装置も昭和三一年二月二一日に被控訴人に譲渡された(この点は当事者間に争がない。)が、それまでは兵庫罐詰と被控訴人との間に、これらの固定資産を賃料月額三万円で賃貸する契約がなされていたこと、兵庫罐詰は昭和三〇年八月四日解散したこと、

が疎明される。証人大島久太郎の証言及び被控訴人代表者本人訊問の結果中右認定に反する部分は措信し難く他に以上の認定を左右するに足る証拠は存在しない。

以上の事実に後述の、被控訴人が一、〇九七、四七〇円六三銭を上廻る一、四九一、五八一円二〇銭の債務の履行を引受けておること、工具器具備品、長期投資金、現金及び預金債権の譲受の対価を支払つていないことを併せ考えると、右両会社間の別紙(二)記載の資産譲渡は、別紙(三)A、B欄記載の資産譲渡と相まつて、新会社発足に資するところの営業譲渡の一還としてなされたものであり、それは両会社共謀の、被控訴人会社を設立する動機と表裏一体をなすところの、租税債権については滞納処分による兵庫罐詰の財産の差押を免れ、罐詰払下代金については控訴人を害せんとする意図に出づる行為であると認めるに十分である。

四、被控訴人は、「右譲受資産の内、製品及び原材料は、兵庫罐詰の棚卸表記載の正当な価格六、九四二、〇三五円を以て有償譲渡されたものであるから兵庫罐詰の一般財産には減少がなかつたものであり、右譲渡代金は内金四〇六、〇〇〇円は現金で、内金六、四一八、〇三六円は別紙(五)の兵庫罐詰の約束手形債務を引受け弁済することにより、残金一一七、九九九円一七銭は本件滞納税金を支払うことにより完済された。又売掛金一、〇九七、四七〇円六三銭の譲渡代金は、右金額を上廻る一、四九一、五八一円二〇銭の、引渡請求権についてはこれと同額の四、〇六〇、〇〇〇円の、いずれも兵庫罐詰の債務を、それぞれ引受けたから、兵庫罐詰の一般財産の担保価値は差引なんらの減少をも来さなかつた。仮りに、右引受けが履行引受けであるとしても兵庫罐詰は被控訴人に対する履行請求権を取得しているのみならず、被控訴人は右引受債務の完済により上述の兵庫罐詰に対する譲受代金を完済している。被控訴人は右譲受当時右譲受により控訴人を害することを知らなかつた。」と主張する。

(一)  仮りに被控訴人主張のように引受並びに弁済がなされているとしても、

(イ)  本件譲渡は前段認定の次第で控訴人を害せんとする通謀に基くものであるから右法律行為が詐害行為であることに消長を来さない。

(ロ)  本件譲渡は前述のように兵庫罐詰の営業をそつくりそのまゝ譲渡したと見るべきであるから棚卸表記載の個々の資産の価格を以て正当な譲渡価格と認めることはできなく、これら個々の資産及び右と同時に譲受けたものと認められる建物機械器具の使用権、従業員及び取引先の承継によつて受ける有形無形の利益を綜合評価した価格を以て譲渡価格とすべきであるから、被控訴人主張の引受並びに弁済だけでは兵庫罐詰の資産に減少がなかつたとはいえない。

(二)  しかのみならず、成立に争のない乙第四、五号証第七号証の二ないし四、第八号証前出証人大島久太郎の証言及び被控訴人代表者本人訊問の結果によれば、被控訴人主張の債務引受が免責的債務引受ではなく、単に兵庫罐詰の債務の履行の引受ないし重畳的債務引受にすぎないこと、(そのいずれであるかは全証拠によるも明らかでない。)その引受金額が被控訴人主張のとおりであることが認められ右認定を左右する証拠はない。そうすると、右契約は実質においては保証に類し、兵庫罐詰はこれによつて被控訴人に右契約の履行を請求する権利を取得はするが引受の目的たる債務は弁済される迄消滅しないから、右引受によつて直ちに兵庫罐詰の側に、譲渡した資産と等価値の資産が増加したと見るわけにはいかない。そこで、右弁済がなされたかどうかを検討するに、製品及び原材料代金の内金四〇六、〇〇〇円が被控訴人から兵庫罐詰に現金で支払われたことは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第五号証第七号証の一ないし三弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第九号証の一ないし一〇によると、

(1)  昭和二九年三月一二日控訴人において本件国税滞納処分として第三債務者たる被控訴人に対し前記製品及び原材料の譲受代金債務の一部一一七、九九〇円を差押え、同月一五日被控訴人においてこれを支払つたこと、

(2)  被控訴人はその引受にかゝる、

(イ) 別紙(五)の約束手形金六、四一八、〇三六円の内金二、四〇八、九四二円を昭和二九年三月二四日から同年四月二一日迄の間に支払つたこと、

(ロ) 福美リンゴ加工場に対する約束手形金四、〇六〇、〇〇〇円の内金三、七〇〇、〇〇〇円を、昭和二九年五月三一日から同年八月三〇日までの間に支払つたこと、

を認めることができるけれども、製品及び原材料代金の残額四、〇〇九、一〇三円、売掛金譲渡代金全額及び引渡請求権残額三六〇、〇〇〇円については、この点に関する当裁判所の措信しない証人大島久太郎の証言及び被控訴人代表者本人訊問の結果のほかはこれらを弁済したことを認めるに足る証拠はない。

乙第二、三号証、六号証の四、七号証の一、二は前記乙第七号証の三に照し製品及び原材料譲受代金全額弁済の資料となすことはできない。乙第七号証の四、五は被控訴人の川勝製罐株式会社に対する一、四九一、五八一円二〇銭の債務の引受に関する帳簿上の処理とは見えても、その引受債務の弁済の帳簿上の記載として理解することはできない。

(3)  被控訴人が兵庫罐詰から譲受けた別紙(三)記載の工具器具備品、長期投資金、現金及び預金合計一、二九一、八五〇円九三銭につき対価を支払わなかつたことは弁論の全趣旨に徴して明らかである。(但し、これらは控訴人が詐害行為として取消を求めない部分である。)

(三)  以上の検討の結果のみによつても、兵庫罐詰は本件譲渡によつて前項(3) の取消を求めない部分を除き、現実に五、八六〇、六八四円二〇銭の資産の減少を来していることが明らかである。

五、以上の次第で控訴人は別紙(四)記載の租税債権及び払下代金の債権者として同記載の兵庫罐詰の資産譲渡行為の取消を求め得べきところ、

本件譲渡の対象となつた製品及び原材料は被控訴人において他へ処分し又は費消して現存しないこと、売掛金債権及び引渡請求権も被控訴人において弁済を受け終つて消滅に帰していることは当事者間に争がないから、控訴人はこれに代えて本件被保全債権額相当金員の支払を被控訴人に対し請求する権利がある。

六、被控訴人は被控訴人において本件資産譲受当時右譲受行為が兵庫罐詰の債権者を害する事実を知らなかつたと抗争するが、右譲渡行為は被控訴人と兵庫罐詰との共謀による詐害行為であることさきに認定のとおりであるから右主張は理由がない。

七、民法第四二四条の取消権は債権者が取消の原因を覚知した時から二年間これを行わないときは時効によつて消滅することは法の明定するところであり、右規定が、債権者取消権の効力の第三者に影響するところが大なるものであるに鑑み、設けられた短期消滅時効制度であるから、これと本質を同じくする国税徴収法第一五条の取消権にも準用ありと解するのが相当である。右両取消権が二年の除斥期間経過により消滅することを前提とする被控訴人の主張は失当である。

八、よつて進んで被控訴人主張の、国税徴収法に基く右取消権が時効によつて消滅したか否かにつき検討する。

昭和二九年三月一二日大阪国税局係員が兵庫罐詰の滞納税金に関する調査の目的で被控訴人方に臨みその帳簿を点検したこと、当時右帳簿には本件取引関係事実が若干記載されていることを右係員が認識したことは当事者間に争がない。

前掲甲第五ないし第七号証第一一号証の一、二乙第一一号証、被控訴人代表者本人訊問の結果及び証人岡田貞男、深田正の各証言を綜合すると、前記日時及び昭和二九年三月二三日の二回にわたる調査の結果、大阪国税局係官深田正は、当時兵庫罐詰が債務超過にあるにもかゝわらずその資産の目ぼしいものを被控訴人に譲渡しておること、兵庫罐詰と被控訴人の各代表取締役、本店所在地が同一であることを認識し右譲渡行為が詐害行為ではないかという疑惑を抱いたが、これを詐害行為と断定するには、なお当時兵庫罐詰に残存していた売掛債権の回収見込、固定資産とこれに設定されてあつた担保物権との割合、国税に優先する債権及び担保物権の額を調査し残存資産だけで本件租税の徴収が可能か否かを検討するを要すると考えたこと、しかるに両会社代表取締役水垣敏正は同係官に対し兵庫罐詰所有の工場、事務所を被控訴人に賃料月額一五〇、〇〇〇円で賃貸し、これを以て滞納税金を分納したい旨申し入れ且つ、前述差押債権一一七、九九〇円を被控訴人会社から任意小切手で支払う挙に出たので国税局においては右詐害行為の調査を見合せ、暫時滞納税金の納付状況を見ることとしたこと、ところが兵庫罐詰と被控訴人との間には水垣の言明したとおりの賃貸借契約はなされず、国税の分納は行われないでいるうち、被控訴人が昭和三一年二月一八日右建物の所有権を取得した旨の登記がなされるに及び同年四月二三日国税局係官岡田貞男等が再調査に臨み書類(甲第七号証)を発見し、水垣から顛末の説明を徴し、これらの結果を具さに検討した結果こゝに本件譲渡が控訴人に対する詐害の目的に出たものであることを覚知するに至つたことを認めることができる。

控訴人が昭和三二年六月一三日神戸地方裁判所に右詐害行為取消訴訟を提起したことは、被控訴人の明らかに争わないところであるから民事訴訟法第一四〇条により右事実は自白したものとして看做される。

以上の次第で右取消権の消滅時効は未だ完成していない。

九、最後に、本件仮差押命令の申請が保全の必要性を欠いているか否かにつき考察するに、被控訴人所有の別紙(三)C欄記載の建物及機械にはその評価額を上廻る三銀行に対する二五、二八三、八五二円の債務を担保するため、本件租税債権に優先する抵当権が設定されていることはさきに認定したとおりであり、被控訴人が昭和三一年二月二一日これを買得するに当り右債務の内一部免除を受けることになつたが、なおその債務額は右評価額を下らないことが前記甲第五号証によつて明らかであり、他に被控訴人が資産を有することの疎明はない。右事情と従来認め来つた被控訴人の詐害的取引の実情とに徴すれば、被控訴人が控訴人の強制執行を免れるためその余の財産をも隠匿する虞なしとしない。

被控訴人は控訴人の権利濫用を主張するが、以上の事情に照し被控訴人の動産に対する控訴人の本件仮差押命令の申請に権利濫用の廉はない。

以上の理由により、控訴人が前記被保全権利六〇〇万円の損害賠償請求権につき強制執行保全のため被控訴人の財産に対し仮差押命令を申請する理由とするところは正当であり右申請を認容した本件仮差押決定はこれを認可すべく、これと異なる原判決は不当であるから取消を免れない。

よつて民事訴訟法第三八六条第九六条第九五条第八九条を適用し、主文のように判決する。(控訴人申立の仮執行の宣言はその必要がないからこれを付さない。)

(裁判官 石井末一 小西勝 井野口勤)

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